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あゆみ

組合の誕生

滋賀銀行従業員組合の前身「滋賀銀行職員組合」は、1947年5月7日に結成されました。当時は、第二次世界大戦の敗戦により国土は荒れ果て、経済も激しいインフレの中で混乱を極めていました。しかし、敗戦によって戦前の軍国主義体制から平和と民主主義の日本をめざして、あらゆる分野で民主化が進められていました。こうした戦後の民主化の中で、生活危機突破のためにお互いに団結して活動していこうと、滋賀銀行職員組合が結成されたのです。

地銀連への加盟

1959年には、組合の名前を「滋賀銀行従業員組合」と改め、他の銀行の労働組合との交流も始まりました。交流が進むにつれ、当行の労働条件が他行に比べて劣っているのが目立ち、地方銀行水準への到達を目標に、その実現を図ってきました。 1960年には、地銀連は結成以来はじめて統一賃金闘争を闘いました。従業員組合も、この統一闘争に参加し、大幅な賃上げを勝ち取り、従来からあった「見習・書記補・書記・主事・参事」などの呼称で各々に手当が付いていた「身分的職階制度」の廃止を実現しました。このとき臨給の「定例給与スライド制」に改善がされたのです。(それまでは、もらってみないと分からなかった)

地銀連加盟組合との交流を深めていく中で、1961年10月の臨時大会で地銀連への加盟を決定したのです。

妨害と分裂策動

滋賀銀行でも、労働運動の高揚の時期を迎え「青婦人部」を組織し、運動が大きく前進していった1964年から1965年にかけ、当時の人事部と相呼応して、銀行の息のかかった一部の人達が地銀連脱退の策動を強めていきました。また、一部の分派的グループの人達は執行部選挙でも対立候補を立てましたが「ふたたび暗黒時代に逆戻りさせまい」とする組合員の良識は、あらゆる妨害を跳ね返し、地銀連からの脱退攻撃を許しませんでした。

従業員組合への脱退攻撃

こうした組合員の団結を見た銀行は、一部の人達を使って、ついに1965年11月18日の深夜ひそかに、「滋賀銀行労働組合」を結成し、翌日一挙に旗揚げをしたのです。

それ以降、銀行から公然たる支援を受けて、従業員組合員に対して「労働組合への加入」を強要しました。彼らの分裂の口実はただ一つ「アカ攻撃」で、良心的な多くの組合員に反共の踏み絵を迫ったのです。多くの善意の人達が、銀行の上司や親戚、保証人までを使った言語に絶する攻撃のなか涙ながらに労働組合への加入を余儀なくされたその事実こそ、正義に逆らい法に背むいてでも我が利益を守ろうとした銀行の姿をさらしたと言えます。

正義の闘いの勝利

労働組合が出来たことによって、従業員組合は残念ながら数の上では少数になりました。私たち従業員組合は、苦しい中でも滋賀銀行に働く全ての人達の立場にたって運動を進めてきました。ついに1973年10月27日、組合分裂以降のさまざまな対銀行との不正常な事態を正常化する、いわゆる「労使関係正常化」について「組合の主張を全面的に認め」解決を勝ち取ったのです。長年にわたり銀行との争点であった職業病問題では「銀行は患者に長年心労をわずらわしたことに対し深く遺憾の意を表する」として、職業病患者への補償問題も解決しました。

新しい時代の運動へ

この解決は、単に従業員組合だけでなく、滋賀銀行に働く従業員全体に大きな影響を及ぼし、当時あったもろもろの不正常な事柄は解決され、労働条件全体が大きく改善されました。

従業員組合は「組合の意志決定は組合員自身の総意で決定する。組合は労働基本権(団結権・団体交渉権・団体行動権)に基づき行動し、銀行はそれを尊重し組合や組合員に対し、支配介入や差別を絶対に行わない」という、労使合意を基礎に、労使対等、法律遵守、人間尊重の原則に基づいた正常な労使関係を堅持し、滋賀銀行に働く人たち全体の立場にたって労働条件の維持向上のために奮闘を続けてきたのです。

金融労連発足

私たちの加盟単産の地銀連は、2006年9月17日、銀行労連(全国銀行労働組合連合会)、全信労(全国信用金庫信用組合労働組合連合会)の金融3単産の組織を合同し「全国金融労働組合連合会」として運動を開始いたしました。3単産には、それぞれ、輝く闘いの歴史があります。

1989年2月、18年の運動が実りスタートした完全週休二日制、役席者の時間外手当支払、定年延長など共通した要求実現に向け果たしてきた闘いと運動の蓄積があります。この上に立って新たな組織発展を進めたいと考えています。

合同の持つ意義

政府の金融施策を国民本位に転換させない限り、私たちの生活や職場、中小企業や地域経済も守れません。共通の目標で幅広い地域金融機関とその関連会社の労働者に結集を呼びかけるためには、まず私たち自身の組織合同が強く求められるからであります。私たちは、既に、銀行関連会社の仲間や、生保など他業態の仲間と共に運動を進めています。

また、情勢の進展からも、まさに期にかなったものと確信いたします。

「誇りを持って働き続けられる職場」「地域経済と共に発展する地域金融機関」「戦争をしない平和な日本」そして「日本の全ての金融労働者の期待に応えられる壮大な組織発展」を目指し運動をすすめています。

むすびに

滋賀銀行には、「滋賀銀行従業員組合」と「滋賀銀行労働組合」の二つの労働組合ができて久しくなります。しかし、働くものが団結して運動を進めない限り、働くものの様々な要求を大きく実現することはできません。

私たちは、真に働くものの立場にたって運動を進めて行くなら、やがて様々な障害を乗り越え、正しい方向で大きな団結が実現できることを確信して、引き続き頑張っていきます。

金融労連 滋賀銀行従業員組合

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